「一途」って知ってる?
何かや誰かにひとすじな状態を指す言葉。
恋愛における一途っていうのは、それが片想いでも両想いでも誰か一人だけを好きでいるってこと。
え?
そんなのあたりまえだって?
そうね、いっぺんに何人もの人を同時に好きになるって人は少数だとは思う。
そう考えると、一途って普通なこと…?
じゃあさ、一途がまあ普通なことだとして、次に挙げる行動をどう思う?
・彼氏が他の女とメールや電話をしてないか携帯をチェックする
・放課後や休日は彼氏とずっと一緒に過ごす
・メール・電話は定期的(毎日or毎晩or毎時間)に
「一途なんだからこれくらい普通でしょ」って思う?
それとも…。
「何これこんなの束縛じゃん」って思う?
断っておくけど、一途なことが悪いことだと思ってるわけじゃないからね!
ただね、一途なあまり好きな人を束縛しようとしちゃったり、実際束縛してたり、でもって自分が束縛してることに気づけないことって割とよくあることなのね。
恋愛を長続きさせたいなら、束縛はしないに越したことはないと思う。
だって、束縛すればするほど彼氏つまり男の子の気持ちは離れていくだろうから。
束縛ってさ、しちゃう側としては「私だけ見てて!」って気持ちの表れだよね?
一途の延長線上に束縛ってモノがあるわけで。
でも、される側にしたら、監視されてるみたいで息苦しくて好きって気持ちが冷めちゃう。
つまり、自分だけを見ててほしいなら束縛はしないほうがベターってことじゃない?
男の子は、自分を一途に思ってくれる女の子に対して悪い気はしないハズ。
なんだけど、一途を通り越して束縛する女の子はあんまり受け入れてもらえない。
一途と束縛は違うんだって心得てね。
Category: 恋愛心理学
私たちにとって恋愛はとても不思議な一大事です しかし、人を好きになるためには理由が必ず存在します
例えば、会社帰りに同僚と飲み会。
そんな時、仕事中では見られないような、同僚の性格の全く別な一面を目にすること、経験があると思います。
ありがちなのが、無愛想な人だと思っていたのに、実はとてもフレンドリーでおしゃべり好きだった・・・というような感じで。
仕事をしているときの顔、仕事以外での顔。
あるいは、友人と一緒にいる時の顔、ひとりで過ごしているときの顔。
全く同じ、という人はほとんどいないのではないでしょうか。
「社会心理学」では、誰もが持っている性格の二面性を
「フォーマルグループ」
「インフォーマルグループ」
と名付けています。
「フォーマルグループ」は会社・学校などのフォーマルな場での人との関係を指します。
「インフォーマルグループ」は、趣味のサークル、友人同士など、気楽な場での人との関係を指します。
職場のようなフォーマルな場での人との関係は、組織ならではの規則も多く、一種の緊張状態といってもいいでしょう
本当の自分を抑えてしまって、才能を伸ばせないケースもありがちです。
対して、インフォーマルな場では、気を許せる場でもありますから、気がねなく本当の自分で接することも可能です。
ところで、「フォーマルグループ」「インフォーマルグループ」。
この二つ、その人の本性を知るのはどちらの方が適しているのでしょう。
答えは、「インフォーマルグループ」の方となります。
当サイトでは、いろいろな面から男性心理を知るための方法をご紹介しているのですが、その方法でその人の本性を知るためには、「インフォーマルグループ」の場でよく観察する方がずっと確実です。
「フォーマルグループ」は、誰もがある程度の緊張状態に置かれています。
心理を読み取る場としては、方法にもよりますが「インフォーマルグループ」には敵いません。
リラックス状態にある方が、ずっと本心が表れやすいからです。
それに、人と仲良くなったり、距離が近くなったりするのは、お互いに気持がリラックスしている「インフォーマルグループ」の場である時が多くいないでしょうか。
「フォーマルグループ」の場でも、恋心を抱いたり友人になったりすることはありますよね。しかし、さらに心理的距離が近くなるのは、「インフォーマルグループ」の場ではないでしょうか。
男性心理を探るにしても、恋心を成就させるにしても、「インフォーマルグループ」な場を上手に活用していくことが必要不可欠なのです。
相手と会話をしているとき。人に何かを話すとき。
心理学によると、実際に伝えることができるのは、動き、表情が55パーセントも占めているのだそうです。
声の印象が38パーセントといったところでしょうか。
そして「言葉」はたった7パーセント。
会話をしているとき、話を聞いているときは、「言葉」だけに集中しすぎていると、結局は7パーセントしか受け取ることができなくなってしまいます。
話をしている人のことをよく知ろうと思うのであれば、大事なのはむしろ言葉ではない部分だ、といえるでしょう。
・・・とも断言できないのが、人間の複雑なところです。
たった7パーセントと言われている「言葉」の中にさえ、話をしている人の人間性が潜んでいることに気が付く時があります。
その人の動きや表情、声。
つまり視覚も聴覚も存分に使い、発する言葉と総合的に判断することで、人間性を深く憶測することもできるのです。
1・敬語を必要以上に話す人
敬語というものは、マナーである半面、気持ちを見せないようにするというネガティヴな側面も併せ持っています。
ムカムカしていたり、イライラしている気持ちをカモフラージュするため、敬語というベールを被せるのです。
心の起伏の大きな人の場合、平静を装うために、敬語で自らを飾るのが習慣となっているケースもあるほどです。
言葉使いのみで判断するのは大変困難で危険でもあるのですが、いつも流暢な敬語を使っていることと、心の中まできちんとした敬語にふさわしい人格であることとは、決してイコールではないのです。
心の中は怒りやイライラでいっぱいなのかもしれません。
2・難解、カタカナ語などの言葉を好んで話す人
これも日本語を話す国民ならではの共通の気持ちなのでしょうか。
「難解語ってなんだか知的、カタカナ表現って時代の先端にいる気がする」というようなイメージを持っているように感じます。
難解な言葉のオンパレードは、人に伝わりにくくなってしまいますし、カタカナ表現も度を過ぎると浮いてしまいます。
しかし、これらの言葉を使いたい人というのは、自分を言葉で飾り、自分の価値を高めたいという欲求があります。
冷静な人にはすぐに見透かされてしまうのですが、要するに、世の中を少し先取りしている気持ちになりたいのです。
世の中の流れに取り残されてしまうのを恐れているのですから。
常にあらゆる面で、勝ち組か負け組かを意識しています。
もちろん常に勝ち組でいたいので、最新情報はもちろん、情報化社会関連の新商品にもとても敏感です。
3・なにを言うのにも誇張して話す人
ついつい誇張してしまう人。
気持ちを抑えるのが下手な人である可能性がかなり高いようです。
セミナーや飲み会、合コンなどで、初顔合わせ、という場面では、みんなが打ち解けられるような雰囲気を作ってくれるのでとてもありがたい存在ではあるのですが。
かといって、話が面白い人、気配りのできる人、と思いこみ、いざお付き合い、となってみると、実は自己中心的な人だった、というパターンが多いようです。
相性次第ですが、最初はちょっと離れて様子を見る方がよいでしょう。
4・妙に質問形が多い人
なんでも最後は質問形。
こういう人は、「依存」する心理が働いています。
質問形で話をすることで、賛成してもらったり共感してもらわないと、自信を持つことができません。
本当に質問しているのではなく、賛成して欲しいだけですから、こういう人と話をするときは反対意見は禁物です。
間違っていると思っても、正面からばっさり切り捨てるのではなく、やんわりとした表現を使った方がよいでしょう。
5・苗字ではなく名前を使いたがる人
苗字ではなく名前を使って会話をする。
もっと仲良くなりたいという気持ちがあるのでしょう。
とはいえ、「どう呼ぶか」というのは、とても判断が難しいのも確かです。
会社内の場合は、最近はセクハラの問題もありますから、社内の中の良い同期でも、苗字でしか呼べない雰囲気もあります。
会社内でなくても、下の名前や愛称で呼んで、馴れ馴れしいと思われたくないと遠慮しているケースもあることでしょう。このような場合は、お互いの信頼が増せば、呼び方も変わっていくでしょう。
ところが、すぐに下の名前や相性で呼びたがる人もいます。
相当の自信を持っているのか、本来のフレンドリーな性格なのか、あるいは一気に距離を縮めてみないとわからないという豪胆な人なのか。
実に判断が難しいところです。
6・とにかくおしゃべりが好きな人
休みなく話し続けている人。
よく話が途切れないものだと感心しますが、つまりはコミュニケーションが上手なのでしょう。
主導権を握るのが上手な人もいるようです。
サービス精神も旺盛ですが、ナイーブな一面も持ち合わせています。
ずっとおしゃべりしている人の中には、会話が途切るのが怖くてとにかくなんでもしゃべり続けてしまう、という状況に陥りがちな人もいるようです。
ナイーブな面や、不安になりがちな面もあります。
人と一緒にいない時は、別人のようになっている人もいます。
むしろそちらの方が、本来の姿なのかもしれません。
このように、話し方や言葉使いだけでその人の内面を見ていこうとするのには、実際にはとても難しいものです。
ただし、「言葉」で伝わるのはほんの少し。
表情、動作、声の印象。
総合的にその人を見ていくと、本来の人間性があちこちに片鱗を覗かせているものです。
面接官のようにくまなく観察しろというわけではないのですが、五感を使って会話をしてみると、いろいろなものが見えてくるかもしれません。